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芦屋発 旅と文化のすすめ
 都市紹介編 第26回 ウィーン〜古さと新しさの融合
ウィーン市庁舎(フリードリヒ・フォン・シュミット)
1872-83年(ウィーン:オーストリア)
 1873年にウィーンで万国博覧会が開催されることになり、それに向けてウィーンは大規模な都市改造に着手しました。 人口増加や交通渋滞を解消する目的で、オスマン・トルコによる2度のウィーン包囲に耐えた強固な城壁を撤去し、その跡に「リンク」と呼ばれる環状道路を作ります。 この時リンク沿いに作られた数々の建築が、今日のウィーンの街並を形作っているのです。
 18世紀後半に流行した、古代ギリシアやローマの様式にならおうとする「新古典主義」に対抗して、もっと近い時代のゴシックルネサンスバロックなど、中世ヨーロッパの様式を現代的に解釈し直す、「ネオ・ゴシック」「ネオ・ルネサンス」「ネオ・バロック」が、19世紀に入っておこりました。 リンク沿いにはこれらの建築が立ち並び、さしずめ19世紀の建築博物館と言っていいかも知れません。
 中でもウィーン市庁舎は、ロンドンの英国国会議事堂と同様「ネオ・ゴシック」の代表的な建築で、1883年に完成しました。 当時教会以外では、100メートルを超える塔の建築に許可が下りなかったため、やむをえず98メートルの塔の上に9メートルの騎馬像を据えて、合計107メートルにしたそうです。
 20世紀に入って間もない1912年、美しく華麗な王宮の目の前に完成した建物に、ウィーン市民は度肝を抜かれました。 建物には美しい装飾がほどこされるべきとの常識を覆した、装飾のない建物「ロースハウス」の誕生です。 「装飾は罪悪である」と宣言し、装飾を極力排除する建築デザインを主張した、アドルフ・ロースによる設計でした。 完成後、多くの市民やメディアから批判の対象となり、さらには官庁まで動き出す始末でしたが、結局窓枠の下に横長の植木鉢を取り付けることで、お互い妥協することになったそうです。 今日われわれがロースハウスを見ても、どうして大騒ぎになったのか理解できないくらい、装飾のない建物はこれ以降、世界中で受け容れられるようになりました。
 ウィーンの街は、古いものを守りながら新しいものを作り上げ、それらの融合によって大きな魅力を生み出しているのです。
■橋本亮一 プロフィール
(株)ブルーム・アンド・グロウ代表取締役
IATA-UFTAA International Travel Consultant
総合旅行業務取扱管理者
レイル・エキスパート
日本旅行医学会認定添乗員
「お仕着せになりがちなパック旅行では味わえない旅を提供したい」 と、2003年6月、15年間勤めた大手旅行会社を退社後、サロン形式の旅行会社を構え、 その人に合った世界にひとつだけの旅プランを提案。 また、サロンでは週末に「旅の学校」も開講。
芦屋市山手町24-5 TEL:0797-23-8740
E-Mail:travel@bloom-grow.jp
ロースハウス(アドルフ・ロース)
1910-12年(ウィーン:オーストリア)
 このコラムは毎月更新(次回は2008年8月16日)です!お楽しみに…
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