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芦屋発 旅と文化のすすめ
 都市紹介編 第20回 ロンドンA〜ロンドン塔周辺
ロンドン塔 1078-1250年頃(ロンドン・イギリス)
写真提供:British Tourism Authority
 ロンドン観光の初歩的な誤解の一つは、「ロンドン塔」がエッフェル塔や東京タワーのような、高くそびえるタワーだと思い込むことです。
 イングランドを征服したウィリアム1世は、ロンドンを外敵から守るために要塞の建築を命じ、1078年からロンドン塔の建設が始まりました。 それは要塞であると同時に、実際に国王が居住した場所でもあり、現在も英国王室が所有する宮殿です。 しかしロンドン塔を有名にしているのは、牢獄として、また処刑場としての役割でしょう。
 歴史上多くの人物が処刑されたロンドン塔には、亡霊の噂が絶えません。中でも有名なのが、ヘンリー8世の2番目の妻、アン・ブーリンでしょう。 アンは王妃キャサリンの侍女として、王室に仕えていました。 彼女を見そめたヘンリー8世は、離婚後アンと再婚することを決心しましたが、ローマ教皇庁は教義上離婚を認めていません。 とうとう教皇庁と断絶して、国王を最高指導者とするイギリス国教会を設立します。ところがヘンリー8世は、2年後に国王暗殺未遂と不義密通の疑いで、アンをロンドン塔で処刑します。 どうも真相は男児に恵まれないことと、ヘンリー8世自身の心移りが原因だったようです。アンの生んだ女児は皮肉にも、後にエリザベス1世として即位します。
 ロンドン観光のもう一つの誤解は、タワーブリッジをロンドンブリッジだと思い込むことで、多くの人に心当たりがあるのではないでしょうか。 ロンドン塔の近くにあるので名づけられたタワーブリッジは、デザインを公募して1894年に完成した、「ネオ・ゴシック」様式の美しい跳ね橋です。 完成以来タワーブリッジは世界中の人々を魅了し、今や押しも押されもせぬロンドンのシンボルです。 第二次大戦中には、ドイツ空軍の爆撃によりロケットが1発命中しましたが、奇跡的に大破をまぬがれました。
 ちなみにロンドンブリッジは2000年も前からある橋で、長らくテムズ川にかかる唯一の橋でした。 童謡に歌われるように何度も焼失と崩壊を繰り返した後、1972年からは何の変哲もないコンクリートの橋となっています。
■橋本亮一 プロフィール
(株)ブルーム・アンド・グロウ代表取締役
IATA-UFTAA International Travel Consultant
総合旅行業務取扱管理者
レイル・エキスパート
日本旅行医学会認定添乗員
「お仕着せになりがちなパック旅行では味わえない旅を提供したい」 と、2003年6月、15年間勤めた大手旅行会社を退社後、サロン形式の旅行会社を構え、 その人に合った世界にひとつだけの旅プランを提案。 また、サロンでは週末に「旅の学校」も開講。
芦屋市山手町24-5 TEL:0797-23-8740
E-Mail:travel@bloom-grow.jp
タワーブリッジ 1886-1894年
ホーレス・ジョーンズ(ロンドン・イギリス)
写真提供:British Tourism Authority
 このコラムは毎月更新(次回は2008年1月16日)です!お楽しみに…
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