 | | | | ロンドン塔 1078-1250年頃(ロンドン・イギリス) 写真提供:British Tourism Authority | | |
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| ロンドン観光の初歩的な誤解の一つは、「ロンドン塔」がエッフェル塔や東京タワーのような、高くそびえるタワーだと思い込むことです。 イングランドを征服したウィリアム1世は、ロンドンを外敵から守るために要塞の建築を命じ、1078年からロンドン塔の建設が始まりました。
それは要塞であると同時に、実際に国王が居住した場所でもあり、現在も英国王室が所有する宮殿です。
しかしロンドン塔を有名にしているのは、牢獄として、また処刑場としての役割でしょう。 歴史上多くの人物が処刑されたロンドン塔には、亡霊の噂が絶えません。中でも有名なのが、ヘンリー8世の2番目の妻、アン・ブーリンでしょう。
アンは王妃キャサリンの侍女として、王室に仕えていました。
彼女を見そめたヘンリー8世は、離婚後アンと再婚することを決心しましたが、ローマ教皇庁は教義上離婚を認めていません。
とうとう教皇庁と断絶して、国王を最高指導者とするイギリス国教会を設立します。ところがヘンリー8世は、2年後に国王暗殺未遂と不義密通の疑いで、アンをロンドン塔で処刑します。
どうも真相は男児に恵まれないことと、ヘンリー8世自身の心移りが原因だったようです。アンの生んだ女児は皮肉にも、後にエリザベス1世として即位します。 |
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