 | | | 落穂拾い(ジャン・フランソワ・ミレー) 1857年(オルセー美術館:パリ・フランス) | |
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| ナポレオン3世の、文化史上のもう一つの“功績”についても、ここで語らないわけにはいきません。
まずは“事件”前夜の状況に触れましょう。 当時大都市と化したパリに嫌気がさし、人間らしい生活を求めて、何人かの画家が郊外の田園地帯に移り住んでいました。
彼らは西洋絵画の既成の枠組にとらわれず、戸外にイーゼルを立て、ありのままの現実を描くという、これまでになかった創作活動を行います。
このグループは“写実主義”、あるいはその地名から“バルビゾン派”と呼ばれており、「落穂拾い」や「晩鐘」などで知られるミレーが代表選手です。
彼らの自由な発想もまた、“事件”のひきがねになったのです。 その頃パリでは、官展(サロン)つまり国営展覧会の、審査基準が厳しすぎるとの批判が高まっていました。
ここでナポレオン3世が、とんでもない思いつきをします。
それは官展に落選した作品を集めた「落選展」を開催し、官展の審査基準がいかに正しいか、つまり落選した作品がいかにひどいものかを、
世間の目にさらそうというものだったのです。1863年のことでした。 |
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