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芦屋発 旅と文化のすすめ
 都市紹介編 第11回 パリB〜オルセー美術館その1
落穂拾い(ジャン・フランソワ・ミレー)
1857年(オルセー美術館:パリ・フランス)
 ナポレオン3世の、文化史上のもう一つの“功績”についても、ここで語らないわけにはいきません。 まずは“事件”前夜の状況に触れましょう。
 当時大都市と化したパリに嫌気がさし、人間らしい生活を求めて、何人かの画家が郊外の田園地帯に移り住んでいました。 彼らは西洋絵画の既成の枠組にとらわれず、戸外にイーゼルを立て、ありのままの現実を描くという、これまでになかった創作活動を行います。 このグループは“写実主義”、あるいはその地名から“バルビゾン派”と呼ばれており、「落穂拾い」や「晩鐘」などで知られるミレーが代表選手です。 彼らの自由な発想もまた、“事件”のひきがねになったのです。
 その頃パリでは、官展(サロン)つまり国営展覧会の、審査基準が厳しすぎるとの批判が高まっていました。 ここでナポレオン3世が、とんでもない思いつきをします。 それは官展に落選した作品を集めた「落選展」を開催し、官展の審査基準がいかに正しいか、つまり落選した作品がいかにひどいものかを、 世間の目にさらそうというものだったのです。1863年のことでした。
 「落選展」の評判は、意図したとおり最悪のものでした。とりわけ批判は、マネの「草上の昼食」に集中します。ウフィッツィ美術館の回でも触れたように、それまで聖書やギリシア神話のストーリーに出てくる場合に限って、 女性の裸体を描いて良いという暗黙のルールがありました。 ところがマネは、聖書や神話とは全く無関係の、しかも背広姿つまり現代の男性に取り囲まれ、屋外で全裸になっている女性を描きました。 “はしたない、下品だ”と美術史上最も酷評され、結果としてこの作品は大変注目を集めます。 すると官展に不満を持つ若い画家たちが、マネこそが硬直した概念を打ち砕くリーダーであると確信し、彼のもとに集まってきました。 それはモネ、ドガ、ルノワール、ピサロら、後に「印象派」と呼ばれる画家たちでした。
 オルセー美術館には写実主義以降の60年間、まさに美術史の大転換期の作品が集められています。
■橋本亮一 プロフィール
(株)ブルーム・アンド・グロウ代表取締役
IATA-UFTAA International Travel Consultant
総合旅行業務取扱管理者
レイル・エキスパート
日本旅行医学会認定添乗員
「お仕着せになりがちなパック旅行では味わえない旅を提供したい」 と、2003年6月、15年間勤めた大手旅行会社を退社後、サロン形式の旅行会社を構え、 その人に合った世界にひとつだけの旅プランを提案。 また、サロンでは週末に「旅の学校」も開講。
芦屋市山手町24-5 TEL:0797-23-8740
E-Mail:travel@bloom-grow.jp
草上の昼食(エドゥアール・マネ)
1863年(オルセー美術館:パリ・フランス)
 このコラムは毎月更新(次回は2007年4月16日)です!お楽しみに…
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